明日の京都を歩く

京都を観て歩いた記録。GPSと写真でインスタ映えポイントもよく分かる、京都を観光する人のためのサイトです。

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第45回観光ログ・鳥羽伏見の戦場を歩いてみた(伏見編)

      2018/05/19

●訪問日:2017年03月04日

●今回の訪問地
今回は第42回ログの続きという事で、伏見を歩いてみました。狭いエリアですが、政府軍と幕府軍の激戦の地をゆっくり歩く事が出来ました。実際に歩いてみると、当時の様子が少し分かるような気がしますね。。。
なお、歩くにあたっては『京都時代MAP 幕末・維新遍』株式会社新創社編 光村推古書院を参考にいたしました。

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この地図はこちらをクリックしますと、別ページでご覧いただけます。

バス停上の停留所 真中停留所へ行きます
下の停留所へ行きます

JR桃山駅

・ラベル:01.スタート

・出発:11:24

・案内

JR桃山駅

JR桃山駅

今回はこの桃山駅からスタートです。まずは新政府軍(薩軍)が大砲を置いた龍雲寺を目指します。
駅から西へ

駅から西へ

駅を出たらまずは西に向かって歩きます。

龍雲寺への道

・ラベル:02.龍雲寺への道

・到着:11:28

・案内

この踏切

この踏切

少し歩くとJRの踏切りがあるので、ここを渡ってすぐ左折。写真では左にのびる道に入ります。
真っ直ぐ

真っ直ぐ

その道を進とこんな風景です。ここを真っ直ぐ進んでいきます。

龍雲寺1

・ラベル:03.龍雲寺到着

・到着:11:31

・案内

龍雲寺の碑

龍雲寺の碑

突き当りまで行くと龍雲寺とかかれた石碑があって、その後ろが境内になります。
階段を上って

階段を上って

石碑の横に階段があるので、これを上って行きます。目の前に小さな門があるので、それをくぐると境内です。

龍雲寺2

・ラベル:04.砲台の場所

・到着:11:35

・案内

境内からの眺め

境内からの眺め

境内の西側から見ると、付近の町並がよく見えます。当時はここから幕府側の拠点、伏見奉行所へ向けて砲撃を行ったようですね。。。
鐘楼

鐘楼

一歩下がってみた境内です。この鐘楼あたりに砲台を設置したのかな???
境内のトイレ

境内のトイレ

境内にはお手洗いもありますよ。(^_^)
境内の梅

境内の梅

全然関係ありませんが、この日は天気も良くてこのような梅が咲いていました。結構草木の多い境内ですよ。

御香宮神社への道

・ラベル:05.御香宮神社への道

・到着:11:40

・案内

凌雲寺を出て

凌雲寺を出て

凌雲寺を出たところです。右がさきほど上ってきた階段。左がお寺の階段と門です。
西に向いて

西に向いて

先程撮った写真とは反対を向いて、西に向かって歩いて行きます。
ここを直進

ここを直進

しばらく歩くとこのような道に出ますので、このまま真っ直ぐ歩きます。

JRを越えて

・ラベル:06.JRを越えて

・到着:11:43

・案内

丁字路

丁字路

少し歩くとこの丁字路に来ますので、ここを右折します。
真直ぐに

真直ぐに

曲がってからこの道を真っ直ぐ進みます。
こうやって見ると、この辺りが高台だった事が改めて実感できました。(^^;
跨線橋

跨線橋

JR線を越える橋がありますので、この橋を渡ってからすぐに左折です。
坂道を下って

坂道を下って

この坂道を下って更に真直ぐ進みます。

御香宮神社1

・ラベル:07.御香宮神社

・到着:11:47

・案内

御香宮神社に到着

御香宮神社に到着

御香宮神社に到着です。ただ目のまえに大きな道路があり車の往来が激しいので、少し横にある横断歩道を渡ります。
御香宮神社の鳥居

御香宮神社の鳥居

大きいなぁ…。
伏見の戦いについて

伏見の戦いについて

境内には伏見の戦いについて記された案内がありました。さすが、詳しく書いてありますね。(^^)
本殿

本殿

これが本殿です。この日も沢山の参拝者がおられました。

御香宮神社2

・ラベル:08.御香宮神社を出て

・到着:12:03

・案内

南側の門

南側の門

御香宮神社の南側の門から出て、振り返って一枚撮りました。

御香宮神社3

・ラベル:09.激戦の地

・到着:12:05

・案内

御香宮神社南東角

御香宮神社南東角

御香宮神社の南東角付近。この辺りで南側から進撃してくる会津藩と、それを阻む新政府軍(薩軍)との間で、激戦が繰り広げられた場所だそうです。
南側へ

南側へ

このあと、会津藩が進撃してきた道を通り、幕府側の拠点であった伏見奉行跡に行ってみます。
バス停真中の停留所 上の停留所へ行きます
下の停留所へ行きます

伏見奉行所跡1

・ラベル:10.伏見奉行北側部分

・到着:12:07

・案内

ここを右折

ここを右折

この道を右折して細い道に入っていきます。恐らくこのあたりが伏見奉行の北の端だったようです。
真直ぐに

真直ぐに

奉行所の北の端だったあたりを真っ直ぐ東に向かって進みます。目指すのは伏見奉行所跡の石碑ですが…。見つかるかな?
(^^;
ここで南に曲がる

ここで南に曲がる

伏見奉行の碑がどこにあるかハッキリ分からないので、とりあえずここで左折して、南側に進んでみました。団地の敷地内にあるのかな???

伏見奉行所跡2

・ラベル:11.伏見奉行所跡

・到着:12:12

・案内

伏見奉行所の碑

伏見奉行所の碑

伏見奉行所の碑を見つけました。ほぼ奉行所の西側面だった場所で、ちょうど団地の入口付近。普通に行った方が分かりやすかったです。(笑)
石碑全景

石碑全景

これが全景です。現在ある団地の入口に向かって左側にありました。
団地の歴史と奉行所跡

団地の歴史と奉行所跡

近くには奉行所があった場所の変遷が書かれた案内板がありました。これによるとこの地は明治以降、いろいろと変化したようですね。
ところでこの奉行所、時代劇に出てくるような奉行所というよりは、石垣などもある小さなお城といった場所だったようです。
南へ

南へ

今度は奉行所跡から南へ下り、南端部分を見てみました。

伏見奉行所跡3

・ラベル:12.石垣

・到着:12:16

・案内

当時のもの?

当時のもの?

暫く進むと石垣がありました。これは当時の石垣…かどうかは分かりませんが、伏見奉行所のはこんな感じだったのかもしれませんね。。。
石が…。

石が…。

芝生の中にいくつか石がありました。ひょっとしたら鳥羽伏見の戦いを見守ってきた石垣の一部だったりして…。
(^^;

伏見奉行所跡4

・ラベル:13.公園

・到着:12:22

・案内

トイレ

トイレ

更に進むと公園があり、トイレもありました。このあたりの公衆トイレはここだけだと思います。。。

伏見奉行所跡5

・ラベル:14.奉行所の南西角

・到着:12:25

・案内

ここらが南端

ここらが南端

ここらあたりが奉行所の南の端だったようです。本当にそうなら、かなり大きい奉行所だったのようです。幕府軍の拠点になる訳です。
(@_@)
今度は西へ

今度は西へ

今度は方向を変えて西に向かって歩いて行きます。遠くに見える高架は近鉄のです。

京町通り

・ラベル:15.京町通り

・到着:12:27

・案内

ここから北へ

ここから北へ

近鉄の高架をくぐり、この交差点で北へ向かいます。ここの通は京町通りという名前だそうです。
新撰組の進撃ルート

新撰組の進撃ルート

京町通を北へ向かいますが、当時は新選組がこの通りを北上して新政府軍と戦ったそうです。

魚三楼

・ラベル:16.魚三楼

・到着:12:35

・案内

薩軍の賄い方を務めた魚三楼

薩軍の賄い方を務めた魚三楼

京町井通りあるお店「魚三楼」。
この店は当時、薩軍の賄い方を務めたそうです。そして店の格子には今でも当時の銃弾の跡が残っています。
銃弾の跡

銃弾の跡

これがその跡。しっかり残されています。さわってはいけませんよ!(笑)
大手筋との交差点付近

大手筋との交差点付近

京町通と大手筋との交差点付近。ここらあたりも激戦の地で、新選組が新政府軍と激しく戦った場所だったようです…。

京阪伏見桃山駅

・ラベル:17.ゴール!

・到着:12:39

・案内

京阪伏見桃山駅

京阪伏見桃山駅

先程の交差点から少し西に行くと京阪電鉄の伏見桃山駅。今回はここがゴール。お疲れ様でした!
バス停下の停留所 上の停留所へ行きます
真中停留所へ行きます

●時間
・スタート:11時23分
・ゴール: 12時39分
・所要時間:1時間16分
———————–
桃山駅
↓ (約7分)
凌雲寺滞在時間:約9分
↓ (約6分)
御香宮神社滞在時間:約16分
↓ (約9分)
伏見奉行の碑
↓ (約13分)
伏見奉行南端付近
↓ (約10分)
魚三楼
↓ (約4分)
京阪電車伏見桃山駅

●距離
約3.1キロ

●周辺の設備(確認できた場所のみ記載)
・トイレ
JR桃山駅
伏見奉行所跡近くの公園
・コインロッカー
京阪伏見桃山駅

●費用
\0円

【標高】
●距離(横軸単位 Km)

高度変化

(クリックすると大きく表示されます)

●時間

高度変化

(クリックすると大きく表示されます)
※このグラフを作成するにあたっては、地図ソフト「カシミール3D」の画面を利用しております。
薩摩藩が大砲を置いた凌雲寺から伏見奉行所は、歩いて1.5キロ程の距離で、直線だともっと短いでしょう。それで高低差はおよそ35メートル。薩軍の砲撃は幕府軍にとってかなり脅威だったでしょうね。しかも砲台を攻撃しようとしても、幕府軍からは35メートルの高さがネックとなっている訳ですから…。
薩軍が拠点とした御香宮神社と伏見奉行所の標高差はおよそ15メートル。やっぱり高い方が戦いには有利ですよね。。。

【道路状態】
今回も街中という事で道路状態は良く、歩きやすいコースでした。ただ、御香宮神社付近は車の交通量が激しい場所です。

【店舗】
京阪伏見桃山駅付近には沢山のお店があります。それ以外の場所は住宅地なので、あまり店はありません。
またお土産に関しては、専門店はほとんどありませんでした。


【感想】
今回は薩軍の拠点となった御香宮神社、そして幕府軍の拠点となった伏見奉行所跡を中心に歩いてみました。
二つの拠点はとっても近くて、まさに目と鼻の先だったのですが、この狭い範囲での戦いが、後々の戊辰戦争につながった訳ですね。。。

数では劣勢だった薩軍は武装が近代化されてたそうですが、大砲を置いた場所も高台でなかなかいい場所だったので、そういった点も勝利につながった原因の一つかもしれません。。。

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