明日の京都を歩く

京都を観て歩いた記録。GPSと写真でインスタ映えポイントもよく分かる、京都を観光する人のためのサイトです。

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平治の乱激戦地と大内裏を巡るコース(第67回ログ)

      2018/05/19

●訪問日:2018年1月6日

●今回の訪問地
今回は平清盛が権力を握った戦い、平治の乱の激戦地を訪ねます。戦いは天皇のお住いの場所(大内裏。今の御所ではありません)のすぐそばで激しく繰り広げられましたが、激戦地と言っても850年ぐらい前の話なので、今はすっかり様変わりしています。

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それに大内裏の場所も今はすっかり変わっているので、往時を思い起こさせる物はほとんどありませんでした。でもそれだけに実際に歩くと、大きさや位置関係がよく分かりました。
なお、歩くにあたっては『京都時代MAP 平安京遍』株式会社新創社編 光村推古書院を参考にいたしました。

このようなログの作成については「★旅を記録する方法」をご覧ください

この地図はこちらをクリックしますと、別ページでご覧いただけます。


バス停上の停留所 真中停留所へ行きます
下の停留所へ行きます

JR二条駅から

・ラベル:01.スタート

・出発:11:26

・案内

二条駅前

二条駅前

今回はこの、JR二条駅前からスタート。まずは東へ歩いて大通りに出ます。

千本通り

千本通り

この千本通りに出たら、左に曲がって北へ向かいます。

北へ

北へ

この千本通りを真っ直ぐ北へ歩いて行きます。

大内裏付近1

・ラベル:02.朱雀門跡

・到着:11:32

・案内

内裏を示す石碑

内裏を示す石碑

少し歩くとこのような石碑があります。平安時代はこの辺りが大内裏(平安京では天皇の居られる場所)の一番南側で、ここから北の方に朝廷の建物が続いていた。今で言う霞が関に相当するのかな。

朱雀門跡

朱雀門跡

この辺りは大内裏の一番南に相当して、当時は朱雀門という大きな門があったそうです。でも、今は案内版が残るだけ。。。

復元図

復元図

少し離れた場所にある復元図です。この図の一番下(南側)あたりに朱雀門があったらしい。。。

大内裏付近2

・ラベル:03.朝堂院跡付近

・到着:11:44

・案内

当時を示す石碑

当時を示す石碑

少し歩いて千本通りと丸太町通りが交差する辺り、この辺りに朝堂院という建物があったらしく、その石碑が残っていました。

大内裏の図面

大内裏の図面

この大内裏の図面によると朝堂院がちょうどこの辺り。そしてすぐ北側には大極殿があったらしいです。。。
因みに平安京はこの大内裏を含み、はるか南側までずっと続く大きな宮城だったとの事です。(^^;

朝堂院の案内版

朝堂院の案内版

これによると朝堂院は当時の行政の中心地だったとか。でも1177年には焼失したらしい。さぞ立派な建物だった事だろう。。。

大極殿1

・ラベル:04.公園内の跡阯

・到着:11:45

・案内

ここから入る

ここから入る

近くにある公園。ここに入ると…。

大極殿2

・ラベル:05.大極殿跡阯

・到着:11:46

・案内

大極殿跡阯

大極殿跡阯

大極殿跡阯があります。随分と大きな建物だったらしいけど、この石碑も大きい…。

トイレも…。

トイレも…。

これは平安時代のトイレ…ではなくて、現代のトイレもあります。(笑)

大極殿3

・ラベル:06.大極殿跡

・到着:11:48

・案内

大極殿の石碑

大極殿の石碑

公園から東へ進んで千本通りに出ると…。歩道と車道の間にこんな石碑がありました。たぶん大極殿はこの辺にあったのだと思う。。。

全景

全景

これがその石碑のある場所の全景。注意してないと見落としてしまうぐらい、全く目立ちません。
(^^;

大内裏を巡る1

・ラベル:07.平安宮主水司跡

・到着:11:56

・案内

平安宮主水司跡

平安宮主水司跡

大極殿のあった千本丸太町から、丸太町通りを東へ。するとこんな石碑があった。
主水司…。どうも水・氷の調達やお粥の調理をつかさどった役所のあった場所らしい。。。

大内裏を巡る2

・ラベル:08.ここを右折

・到着:11:57

・案内

右折する交差点

右折する交差点

ここまで来たら、この先の交差点を右折します。

大内裏を巡る3

・ラベル:09.二条城を左に

・到着:12:00

・案内

ここで左折

ここで左折

真っ直ぐ進んで二条城の北側まで来たら、目の前の道を左折します。

大内裏を巡る4

・ラベル:10.郁芳門跡

・到着:12:01

・案内

ここが郁芳門跡

ここが郁芳門跡

少し東へ進むと…。小さい路地があって北側へ伸びています。じつはここが郁芳門のあった場所。郁芳門は平治の乱の時、清盛の息子の頼盛と、源頼朝の父である源義朝が戦った場所らしい。
当時は激しい戦いだったと思うけど、今はもう往時を偲ぶものは何もないです…。

ここが大内裏東側

ここが大内裏東側

ここからこの細い道、大宮通りを北上しますが…。この大宮通は当時の大内裏の東側面に当たる道らしい。。。
バス停真中の停留所 上の停留所へ行きます
下の停留所へ行きます

大内裏を巡る5

・ラベル:11.陽明門

・到着:12:17

・案内

ここが陽明門跡

ここが陽明門跡

大宮通を北に歩いて、少し行き過ぎて引き返してここに戻ってきました。(^^;
ここは当時、陽明門という門があって、平治の乱には清盛の長男である平重盛と、源頼朝の兄である源義平が戦った場所です。
しかし、今はもう普通の街中で当時の痕跡は一切ありません。。。

大内裏方向を見る

大内裏方向を見る

門のあった場所から西側。大内裏の方向を見て撮った写真です。時代の移り変わりで、当時の事を示すものは石碑さえありません。。。

大内裏を巡る6

・ラベル:12.大内裏の石碑

・到着:12:23

・案内

交差点北西側

交差点北西側

更に北へ歩いて大宮通りと中立売通りとの交差点、北西角にある家の端に石碑がありました。

その石碑

その石碑

これがその石碑。この付近に大内裏があった事を示しています。さらに、この石碑にはずっと後世になりますが、秀吉の建てた聚楽第もここにあった事を示しています。ほとんど同じ場所だったのですね。。。たまたま外に出てこられた家の御主人が「京都は石碑の町でね。当時の建物はその後、いろいろ建て替えられたりして無くなってるので、石碑ばかり建ってますわ」と笑いながら話してくれました。
確かに、長い歴史がある分、その時代時代でいろいろな物が建てられ、古いものは取り壊されて無くなっていったのですね…。

大内裏を巡る7

・ラベル:13.大内裏北東角

・到着:12:28

・案内

ここが北東角

ここが北東角

一条通りと交わるこの交差点。ここが当時の大内裏の北東角にあたります。ここも今ではそんな事、想像もつきませんが…。そしてここより北は都城の外。当時は「京都ではない場所」と思われていたようです。

西へ歩く

西へ歩く

これより一条通りにそって西へ歩いて行きます。

大内裏を巡る8

・ラベル:14.大内裏の北側中央

・到着:12:37

・案内

千本通り交差点

千本通り交差点

ここは千本通りと一条通りの交差点から、南方向を見た写真です。この辺りが大内裏北辺の中央。ちょうど真ん中ですね。当時はこのすぐ南側に天皇がおられた建物がある事になります。

大内裏を巡る9

・ラベル:15.ここで曲がる

・到着:12:41

・案内

左折します

左折します

一条通りはここで行き止り…ではなくて、すこし折れ曲がっています。ここで一旦左折して少しだけ南に向かいます

すぐそこを右折

すぐそこを右折

すぐ先に右に曲がる道があります。それが一条通りです。

大内裏を巡る10

・ラベル:16.再び一条通りを行く

・到着:12:42

・案内

この道を行く

この道を行く

ここまで来たら右折して、この一条通りを西へと進んで行きます。

意外に有名スポット?

意外に有名スポット?

歩き始めたらこんな立札が。。。
ここは地域集合場所…ではなくて、宮本武蔵決闘の場所の近くだそうです。(^O^)

大内裏を巡る11

・ラベル:17.妖怪ストリート

・到着:12:46

・案内

妖怪の、のぼり

妖怪の、のぼり

このあたりの一条通りは「妖怪ストリート」と名付けて、妖怪に関するイベントも行われています。平安時代にこの辺りで妖怪による百鬼夜行があった、というのがその起源らしい。。。
今は商店の立ち並ぶ町ですが、平安時代はこの辺りが宮城の北限。これより北は妖怪が跋扈する恐ろしい土地だったそうです。(^^;

大内裏を巡る12

・ラベル:18.大内裏の北西角

・到着:12:49

・案内

ここを南に

ここを南に

ここが当時の大内裏の北西角に当たります。朱雀門跡からここまで、こうやって歩いてみるとかなり大きな面積だったと感じます。

大内裏を巡る13

・ラベル:19.丸太町通りを西に

・到着:12:59

・案内

この交差点を右折

この交差点を右折

当時、大内裏の壁はまだまだ南へと続いていましたが、今回はここで離れ、西へ向かいます。

丸太町通り

丸太町通り

ここで右折して丸太町通りを進んで行きます。

ゴール

・ラベル:20.JR円町駅

・到着:13:06

・案内

ここが今回のゴール

ここが今回のゴール

暫く歩くと道の南側あるJR円町駅に到着。今回はここがゴールです。
バス停下の停留所 上の停留所へ行きます
真中停留所へ行きます

●時間
・スタート:11時26分
・ゴール: 13時06分
・所要時間: 1時間 42分
—————————————
JR二条駅
↓ (約6分)
朱雀門跡
↓ (約12分)
朝堂院跡
↓ (約4分)
大極殿跡
↓ (約13分)
郁芳門跡
↓ (約16分)行き過ぎて戻った時間も含む (^^;
陽明門
↓ (約6分)
大内裏跡の石碑
↓ (約5分)
大内裏北島角
↓ (約9分)
大内裏の北側中央
↓ (約12分)
大内裏の北西角
↓ (約10分)
丸太町通りを西に
↓ (約7分)
JR円町駅

●距離
約6.1キロ

●周辺の設備(確認できた場所のみ記載)
・トイレ
二条駅
大極殿跡附近の公園
円町駅

●費用
\0円
—————————————–
合計               \0円

【標高】
●距離(横軸単位 Km)

高度変化

(クリックすると大きく表示されます)

●時間

高度変化

(クリックすると大きく表示されます)
※このグラフを作成するにあたっては、地図ソフト「カシミール3D」の画面を利用しております。

【ルート状態】
清盛たちが戦った場所も今は普通の町になっているので、道はごく普通の舗装道路です。ただ場所によっては車に要注意。
土産物とかはほとんど売ってませんが、飲食店などは沢山あって困ることはありません。なんと言っても市街地ですしね。
標高についていえば、歩いていて坂はありませんでした。でも実際には一番低い所と一番高い所では、25メートル近い差があるんですね。


【感想】
今回のコースで巡った平治の乱は、平清盛が権力を握る重要な戦いでした。しかし、現地を歩いても、かなりの年月が経っているので、その痕跡は全くありませんでした。
ただ、最初にも書きましたが、実際の2つの門の間を歩いたり大内裏の周囲を歩くことで、距離感を感じることが出来ました。これは地図で見ているだけでは分からないでしょう。この事だけでも歩いてみて良かったと思います。
あと、目に見えて勾配のある坂は全くなかったのですが、実際にはルート上で25メートルの高低差があったとは…。これは後からグラフを見て分かった事で、正直驚きました。

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 - 千本通, 堀川通 , , , ,

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